記録者:宛先Aこと”スピカ”
異星間交流が活発なある未来のこと。
きみたちはひとつの宇宙船で、故郷を出発した仲間だ。
だが、予期せぬ燃料トラブルが発生。
一人用の非常用脱出ポッドで、それぞればらばらの方向を目指す。
離れる距離。通信にもタイムラグが発生しだした。
あとどれくらいの間届くだろう。
ルールサマリ: http://www.twitlonger.com/show/n_1sm98j1
脱出1日目。
「通信状態:良好」、無機質なメッセージが旧式のモニタに表示される。
きみは、狭い脱出ポッドの中、通信モニタのスイッチを入れる。
旧式のモニタの起動画面には、【PLa】と表示された。
ふと過ぎるのは散り散りになった仲間たちのこと。誰かに通信文でも送ってみようか。
▼ 送信1通目 宛先:B
test、テスト。ずうっと目印にしていた、蛍光イエローの長細い星を見失ってしまった。
小さな覗き窓からは代わり映えのしない宙が見えるばかり。
脱出ポッドはとっても窮屈だし、独りきりは退屈で堪らないよ。
話し相手になって欲しい。応答願います、どうぞ。
脱出2日目。
通信状況は上々。今はまだ。
「通信ガアリマス」
通信モニタに表示された文章が明滅している。
きみが端末を操作すると、文字列が浮かび上がった。
▽ 受信1通目 発信者:B
よう、無事か?まさかこのおんぼろに世話になる日がこようとは思わなかったが、とりあえず動いているようで一安心だ。そっちもそうだと信じている。なあ、唐突だが賭けでもしないか。また博打好きの病気だとか言うなよ。退屈なんだよ。なんでもいい、どっちが先に帰れるか、とかさ。
S。
▼送信2通目 宛先:B
おや。随分返答が早いと思ったら、メッセージが行き違いになっている?どちらが先に帰れるか、という賭けだと僕の分が悪そうだ。故郷は今頃随分と汚染が進んで、不時着する前に恐らくポッドがいかれてしまう。……そうだなあ。君が僕の正体を当ててみてよ。そういえば名乗りそびれていた。
脱出3日目。
時折、「通信状況:普通」の表示が入り混じる。
とはいえ、通信を送るのにさして支障はないだろう。
ヴ――……ン
旧式の通信機は突如かすかな唸りを上げた。
つづいて機械音。モニタが光る。それも、二度。
「通信ガ2通アリマス」
▽ 受信2通目 発信者:C
アロー、アロー。そっちはどう? こっちはちょっとした発見!。表面にびっしり黴が生えた小惑星を見つけたの。虹色に光る黴なんて初めて見たよ。あなたは微生物詳しかったよね。採取した黴のパターン送ります。何か分かったら教えて
▽ 受信3通目 発信者:D
(非公開めっせーじ:ベラトリクス号乗員IDヲドウゾ)
▼送信3通目 宛先:C
アロー、アロー。砕けた挨拶文を入力する度、君の通信機ではどんな風に翻訳されているのか気になります。活動的だな、黴を採取するために降り立ったのかい。僕は眠ってばかりいる。身体が冬眠期と勘違いしたか、新しい触手が一本生えました。パターンデータありがとう、解析結果を今度送ります。
脱出4日目。
端末はごくたまに通信をリトライしている。旧式のためちょっぴり煩い。
新しく生えた触手の先を、ちょんと通信モニターに触れさせた。
触手が触れると、スリープモードに入っていたモニタはぱっと輝度を上げた。
“全宇宙初、最多種族の触手または前肢でのタッチに対応!”
――それが売りであったかつての最新型も、今や骨董品並み。
旧型モニタは、素っ気ないシステムメッセージを表示した。
「受信めっせーじハアリマセン」
スクリーンに触れ、何事かを細々と打ち込んだ。
ひとつひとつ、打っては消し、を繰り返して。
暫く後、大きく息をつくと、メッセージの作成に移る。
▼送信4通目 宛先:D
【自作のイラストロジックを添付】暇潰しにどうぞ。「答え」のモデルは君の星にも存在するはずなので、解けたら感想をもらえると嬉しい。僕に家族と呼べるものは居ないから、恋しいといえる君が羨ましく思える。連絡相手をあえて指名するなら、パズルの答えを毎回律儀に返してくれていた君かな。
脱出5日目。
通信状況:普通。そろそろ良好の表示にはお目にかかれなくなってきた。
おんぼろ通信機がときどき発するノイズを除けば、ポッドの中には静寂が満ちている。
人工的な光を放つ画面は、素っ気ないシステムメッセージを表示したまま。
「受信めっせーじハアリマセン」
▼送信5通目 宛先:C
アロー、アロー。黴の解析データを送信する。黴自体に色素は無い。個々の胞子の柄の部分が、光を反射して虹色に見えていたようだ。胞子は栄養源がなくとも100万年以上生き、君が18,662,400回瞬きする間中宇宙空間にて生存出来る。1万グレイ以上のガンマ線を照射さ
脱出6日目。
送信処理に10秒はかかるようになった。
「通信ガ2通アリマス」
ざあざあ、かすかなノイズとともに通信が届く。
受信にはこれまでよりもいくらか時間がかかった。
否、少しずつ受信それ自体にかかる時間も長くなっている。
距離が離れた、その分だけ。
▽ 受信4通目 発信者:B
あんたから通信を貰って黄色い帚星をさがしてるんだが、まだ見えない。ひょいと振り返れないのが恨めしいぜ。あんた、スピカ、だろ? 違ったら俺の秘蔵の酒おごるぜ?故郷か。俺だって似たり寄ったりだが、海が見えるだけましなのかな。ああ、水ったら、風呂に入りたくなってきたぜ。
S。
▽ 受信5通目 発信者:C
アロー、アロー、ごきげんいかが? 触手見てみたいな。かえって燃費悪くなったりしない? ところで黴だけど、突飛に聞こえるかもしれないけど光る様子が色と明るさをビットにしたメモリみたいに思えるの。これはあたしの分野かも知れないね。光UI組んで接続してみるよ
▼ 送信6通目 宛先:B
当たり。君の名と頭文字を同じくする名前だよ、簡単すぎたかな。報酬は……自作のパズルでも送ろう。君とは会得している言語の系統が似ているから「言葉」を使って解く問題でも構わないよね?海はいいなあ、水の中は落ち着くから。君の故郷にもいつか訪れてみたい。【クロスワードパズルを添付】
脱出7日目。
通信状況はまだ普通の表示。だが、もう随分離れたころだろう。
「通信ガアリマス」
しばらく静かにしていた通信機は、着信を告げる。
旧型モニタが輝度を増し、青い光がぼんやりと周りを照らした。
▽ 受信6通目 発信者:D
(非公開めっせーじ:Error. 閲覧権限ガアリマセン)
▼ 送信7通目 宛先:D
ふむ?回答を見るに、正しいコマを塗りつぶせているようだけれど。答えのモデル自体を知らないということはないはずだ。エラーが有るとするならば、僕には絵心がなかった、のだろう。齢数百を越えてから、改めてそういった事実を知らされて動揺を禁じ得ない。それは君の似顔絵を描いた、つもりだった。
脱出8日目。
通信状況:不良の表示がごく稀に入り混じる。多少待たされるものの、通信にさしたる支障はない。
「通信ガアリマス」
通信機はしばらくのあいだノイズを発した。
一度リトライを挟み、再試行。二度目でようやくメッセージを受信する。
▽ 受信7通目 発信者:B
なんだか考える時間ばかりあって哲学者にでもなりそうだ。そっちはどうやって時間をつぶしてる? もしやそっちの通信機は話相手になってくれるのか?星を探して窓の外を覗くことが多くなったよ。故郷から見えた唯一の一等星が、ここでは見分けがつかない星の海だ。降るような星空っていうの
▼ 送信8通目 宛先:C
アロー、アロー、。燃費に関しては大差ないけれど、やはり見た目がなぁ。触手が一本増えるだけでも随分年かさらしくなるんで、自分一人しか居ないとはいえ気になってしまうよ。黴に関して、何か解ったかい。あんまりにも丈夫な生体であったから、人工的に品種改良された可能性もあるやもと思う。
脱出9日目。
通信状況:不良の表示がちらつく。このまま行けば、いずれは通信圏外となるだろう。
旧型モニタのバックライトは点いたり、消えたり。
受信の有無を確認するのに、たびたびリトライを必要としているようだ。
「受信めっせーじハアリマセン」
▼ 送信9通目 宛先:D
(Bに送ったつもりが、今更ながらに宛先を間違えていた事実を発見)
話し相手とまではいかないけれど、触れる度光って返事を寄越してくる様はなかなか健気に思えるよ。最近はずっと読み込みを繰り返していて、通信はどんどん遅れているようだ。救護信号は出し続けているけれど、そちらはどうだい。反応はあった?近くの星々から見たら、僕らも星のひとつに見えるのかな。
脱出10日目。
通信機は交信に手間取っている。通信は、あと何通送れるだろう。
▽ 受信8通目 発信者:C
アロー、アロー、そっちはいかが?。私は今、胞子が保持してるデータ空間からあなたの通信文を読んでいます。解析ありがとう。驚くほど頑丈で堅牢なのね。彼らがここを箱舟と呼んでる理由が分かった気がするわ。また連絡します。では
▼ 送信10通目 宛先:C
アロー、アロー。そろそろそっちの解析も一段落ついたころだろうか?きっとそのレポートも僕の通信分と行き違いに届くのだろうな。君はそうやって、この宇宙で見つけたものたちを解析し続けていくのかい。自分が落ち着く先を探すよりも、目の前の黴に夢中なのは、君らしいといえばらしい。
脱出11日目。
既に一日の半分ほどは圏外の表示だ。受信チェックにも一苦労だろう。
「通信ガアリマス」
旧型通信機はもう遙か彼方の仲間たちからの通信を受信した。
時々通信を中止しては、何度も何度もやり直す。
それでもどんなに離れても、届かなくなるまでは。
▽ 受信9通目 発信者:D
(非公開めっせーじ:閲覧ニハ乗員IDトぱすわーどガ必要デス)
▼ 送信11通目 宛先:D
君も含め、寂しがっている者が多いように感じる。コミュニティをつくり、寄り集まって暮らす種族特有の発想か、と考えていたけれど、よくよく思い出してみれば、僕も散り散りになってからというもの退屈に感じていたのだった。興味深い。家族が居るというのは、どんな感じ?
「家族か」呟いて、通信機のモニターに触れる。
「同じイエに暮らす者たちを家族と呼ぶなら、僕と君とは今、家族かな?」
生えたばかりの感覚器は未だ未熟で、読み取る情報の取捨選択ができない。
健気に動き続ける通信機から、過ぎた熱を受け取った。
「あちち」
「ちょっと、働きすぎなんじゃないかい」
脱出12日目。
通信状況:ナシ。稀に「通信:不良」の文字が表示される。
通信を送れるとしてあと一度。奇跡が起これば。
乗組員の呟きには、まるで返答そっくりのノイズが返った。ざあざあ。
距離が離れるにつれ、休む間もなくメッセージチェックに明け暮れるようになっている。
通信機はまだまだとばかり張り切るように、排熱用ファンの回転速度を上げた。
「受信めっせーじハアリマセン」
▼ 送信12通目 宛先:D
寂しがりの君へ。脱出ポッド同士の距離が開いたのか、随分通信が難しくなってきているみたいだ。このメッセージも、無事届くのか知れない。音楽も音声データも忘れてきたなら、君自身が歌ってみてはどうかな。歌唱に飽いてしまうまでに、再び君が家族のもとに戻れるよう、祈っている。
Dへとメッセージを送信してから、せわしなく回転する排熱用ファンの音に耳をかたむける。そろそろ休んだ方がいいだろうか。
「そろそろ休んだ方がいいだろうか」
そういえば声帯は使用していないと退化してしまう、と思考をもう一度繰り返す。
脱出ポッドの覗き窓から見える景色は代わり映えなく、目を凝らせば黄色いほうき星が流れていくのが見えた気がした。黴の星は見えないな。
もう暫く、この漂流は続くだろう。
通信機も休ませなければ過労で壊れてしまってはいけないし、と眠るべく体勢をくつろげる。
目が覚める頃には、また新たな触手が生えているかもしれない。
脱出13日目。
もはや通信機はただの置物だ。
少なくとも、当面は。ある者は旅を続け、ある者は旅を終え、きみたちはそれぞれの道を歩む。
「通信ガ4通アリマス」
“通信状況:ナシ”の表示のままうんともすんとも言わなくなった通信機は、
何の気まぐれか、長い距離を越えてきたメッセージを最後に受信した。
冬眠は少しだけ待って! まどろむ乗組員の傍ら、せわしなく機械音を上げ、一文字一文字表示する。
▽ 受信10通目 発信者:B
すごいだろ。と言いたいところだが、実は乗り込むところを見てたんだ。はは、ずるっていうなよ。そういうこともある。なあスピカ。アンタはきっと、良い星にたどり着くよ。俺が保証する。ところで随分でかい報酬だな! 最古の星座の名前くらいしかわからんのだがヒントはくれるのか?
S。
▽ 受信11通目 発信者:B
この通信が、アンタの元に届いて、アンタの暇を埋めることを願ってる。
報酬のクロスワードが解けた。証拠をお目にかけよう。
縦2-2文字目
縦13-3
横6-2
横31-7
横16-4
縦1-1
縦5-5
横3-1どうだ、スピカ。あってるだろ?
▽ 受信12通目 発信者:D
(非公開めっせーじ:不正ナあくせす。IDモシクハぱすわーどガ間違ッテイマス)
時間をかけて、旧型通信機は最後の一通を表示した。これで役目はおしまい。
もう生えたての触手で触れても熱くはない。
だが、きみが目を覚ましていつもどおりモニタに軽く触れさえすれば、
いつでも中に詰まった仲間たちのメッセージを表示するだろう。おはようの起動音とともに。
▽ 受信13通目 発信者:C
アロー、アロー。あたし自身もデータ化して箱舟に移住することになりました。箱舟内部から胞子を通して脳(あたしのだよ!)へプロトコルアクセスするなんて思わなかったわ。本当に遠いところまで来てしまったけれど、この通信が無事にあなたのところに届くことを祈ります。お元気で